僕がオーストラリアに移住したいと思うに至った理由…② / Why I migrated to Australia.

AUSTRALIA

G’day mate!

今日は第2章「初めのオーストラリア」を書きます。

第2章「初めのオーストラリア」

2009年4月25日、僕は初めてオーストラリアの地を踏んだ。

ケアンズだ。

最初の数日は僕一人、数日後に日本からの友人が合流した。
ケアンズではとにかく子供のように遊んだ。
青い空と、雄大な熱帯雨林、グレードバリアリーフ、見渡す限りの高原。
テンションが上がらないわけがなかった。
川で泳いだり、滝に打たれたり、ラフティングしたり、気球乗ったり、ダイビングしたり、高原ドライブしたり…。
夜は自分たちで肉を焼いてビールを呑んで、若さを武器に朝から夜までとにかく遊び倒した。

後半はウルルにも行った。


ウルルの夕焼け、朝焼けは、神秘的で思わず黄昏てしまった。

その時、
「あ、俺、ここに、また来るな、絶対きたいな。きっとその時は家族と来たいな。」
と強烈に思ったことを今でも覚えている。

(そして今、僕は家族でオーストラリアに住んでいる。
娘が大きくなったら、絶対ウルルに行くぞと思っている。)

現地の人たちはとにかく明るく親切だった。
タクシーの運ちゃん、ホテルの受付、アクティビティ会社の人…
英語が理解できなかった場面は多々あったけど、ジェスチャーや絵でなんとかコミュニケーションを取ってくれて、その会話の間終始笑顔だった。
スーパーの定員さんもレジをしながら話しかけてくれて、これも英語が理解できなかったけど、とにかく楽しそうだった。
そりゃ皆さんサービス業だから笑顔も振りまくのだろうけど、日本のそれとはやはり違って見えた。

自然体に見えた。

11日間の滞在の最終日。
疲れているはずなのになぜか早朝に目が覚めた僕は思わずランニングに出かけた。
ケアンズの街は小さい。
観光マップで載っている範囲は簡単にグルッと一周できてしまう。
この11日間の思い出をなぞるようにケアンズの街を走った。
最後の最後までこの街を、この国を感じたかった。

完全に僕はこの国に心を奪われた。

具体的に何に心を奪われたかって?

言語化すると、ありきたりでチープになってしまのだけど、
「大自然」「現地の人の自然体の明るさ、親切さ」
である。

「大自然」なんて、日本だって、どの国にもある。
というか地球なんて一部の過密都市以外は全て自然なんだから、別に珍しくともなんともないのだが、オーストラリアのそれは僕にはガビーンときた。

なんと表現したら良いだろうか。
日本のそれは、春の桜、秋の紅葉など「侘び寂び」を感じさせる情緒的なものに僕は感じられる。
オーストラリアのそれは、なんというか、色彩が濃くてスケールが大きくて「テンションが高く」感じられる。

「熱帯雨林です!バーン!!」
「グレードバリアリーフだぜ!どやっ!」

みたいな、自然がドヤ顔でこちらを見てくるような、パワーを感じるのです。
僕には。

「侘び寂び」も勿論いいんですけど、この「テンションの高い」自然のオーラにガビーンときてしまったのです。

何でもない普通の公園でも、木が大きくて、芝生で開放的で、気持ちいい
街路樹も「植えられた感」が無くて、力強い。

「現地の人の自然体の明るさ、親切さ」っていうのも掴みどころのない感覚なんだけれでも、「自然体」というところがポイントで、彼らから発せられるオーラが、日本で感じる人々のオーラと違って見えた。
僕らが英語が得意でない日本人なのに、そんなの気にせずフランクに話しかけてくれる彼らに惹かれてしまった。

そして思ったのである。

「観光だけじゃ物足りない。この国に住んでみたい。この国の住民として、この国で生活してみたい。」

と。

次回に続く。

See you, mate!

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